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富岡製糸場〔史跡・世界遺産・国宝〕 
-群馬県富岡市富岡-

富岡製糸場(とみおかせいしじょう)は、群馬県富岡に設立された官営器械製糸工場で、当時の製糸工場としては世界最大規模でした。平成17年(2005)には国の史跡に、平成18年(2006)には主な建造物が重要文化財に、平成26年(2014)には世界遺産に、さらに繰糸所、西置繭所、東置繭所の3棟が国宝に指定されました。

明治維新後、日本の最大の輸出品は生糸でしたが、生糸輸出の急増と需要が高まった結果、質の悪い生糸が大量につくられ、諸外国から生糸の品質改善の要求、外国資本による製糸工場の建設の要望が出されました。 富国強兵を目指した日本政府は、外貨獲得のため、生糸の品質改善・生産向上を急ぎました。しかし当時の民間資本による工場建設は困難であったため、洋式の繰糸器械を備えた官営の模範工場をつくることになりました。
この模範工場の基本的な方針は、第一に洋式の製糸技術を導入すること、第二に外国人を指導者とすること、第三に全国から工女を募集し、伝習を終えた工女は出身地へ帰し器械製糸の指導者とすることでした。こうした方針をもとに雇われたフランス人指導者、ポール・ブリュナの指導のもと、西洋の技術を取り入れた官営模範器械製糸場「富岡製糸場」が設立されました。
工場の建設は明治4年(1871)から始まり、明治5年(1872)10月には操業が開始されました。全国から募集した伝習工女たちが働き、高品質に重点を置いた生糸は海外で高く評価されました。
器械製糸の普及と技術者育成という当初の目的が果たされた頃、官営工場の払い下げの主旨により、明治26年(1893)に三井家に、その後、明治35年(1902)には原合名会社に、昭和13年(1938)には株式会社富岡製糸所として独立しましたが、昭和14年(1939)には日本最大の製糸会社であった片倉製糸紡績株式会社(現・片倉工業株式会社)に合併されました。第二次世界大戦後は自動繰糸機が導入され、長く製糸工場として操業しましたが、日本の製糸業の衰退とともに昭和62年(1987)ついにその操業を停止しました。操業停止後も片倉工業株式会社によって、ほとんどの建物は大切に保管され、平成17年(2005)に建造物の一切が富岡市に寄贈され、その後は富岡市で保存管理が行われています。
この産業遺産を理解するためには、外観見学だけではなく、有料の解説員によるガイドツアーや音声ガイド機による解説案内を受けられることをおすすめします。

地図-富岡製糸場
しるくとみおか 富岡市観光ホームページ
2018-07-23

上左 : 東置繭所(国宝) 
下左 : 繰糸所(国宝)
下中 : 繰糸所(国宝) 内部
下右 : 富岡製糸場 正門
撮影日:2018年05月25日

富岡製糸場 東置繭所 国宝
富岡製糸場 繰糸所 国宝 富岡製糸場 繰糸所 国宝 富岡製糸場 正門

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