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道後温泉本館(重要文化財)  - 愛媛県松山市道後湯之町5−6 -

道後温泉本館(重要文化財) 愛媛県松山市道後湯之町 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜道後温泉本館は、明治27年(1894)に建てられた温泉共同浴場で、夏目漱石の小説「坊ちゃん」にも登場し「坊っちゃん湯」とも呼ばれています。
温泉地の中心に建つ木造三層楼のこの建物は独特なデザインで、建築後百年以上経った今なお、道後温泉と松山市の観光シンボルとなっています。平成6年(1994)には、国の重要文化財に指定され、平成20年(2009)には、経済産業省の 近代化産業遺産にも認定されました。
建物の中には「神の湯」「霊の湯」と呼ばれる大小二坊ちゃん列車 道後温泉駅 愛媛県松山市道後湯之町 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜箇所の花崗岩造りの浴場や休憩室が設けられており、入浴料によりサービスに差があります。
また、日本で唯一皇室専用の湯殿「又新殿 (ゆうしんでん)」が設けられており、豪華な造りの浴場などを見学することもできます。
道後温泉の歴史は古く、日本書紀にも登場するわが国最古の温泉といわれています。詳しくは下記のリンクから道後温泉旅館協同組合HPをご覧ください。
道後温泉への交通は伊予鉄道の路面電車で、道後温泉駅で下車するのが便利ですが、左写真のような「坊ちゃん列車」も運行しています。運行ダイヤは伊 予鉄道HPでご確認ください。

写真:2008年12月04日撮影

○地図 http://www.its-mo.com/z-121855230-478040110-17.htm

○道後温泉旅館協同組合 http://www.dogo.or.jp/

○伊予鉄道/坊ちゃん列車に乗ろう http://www.iyotetsu.co.jp/botchan/index.html

2009-12-21

秋山兄弟生誕地  - 愛媛県松山市歩行町2-3-6 -

秋山兄弟生誕地 愛媛県松山市歩行町 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜秋山好古(あきやまよしふる)、秋山真之(あきやまさねゆき)は、松山藩士・秋山久敬の子として誕生し、共に日露戦争(1904-1905)で活躍した軍人です。
兄好古は陸軍で騎兵を率い、満州の原野で強敵ロシア軍と戦い、後に「日本騎兵の父」と呼ばれるようになりました。
弟真之は海軍で連合艦隊司令長官東郷平八郎の作戦参謀として活躍し、日本海海戦ではバルチック艦隊を撃滅する功績をあげました。名文家としても高く評価されており、日本海海戦出撃時の電報文「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」や、Z旗の信号文「皇国ノ秋山兄弟生誕地 愛媛県松山市歩行町 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」などは今日でもよく知られています。
この秋山兄弟や俳人・正岡子規を主人公にして書かれた長編小説「坂の上の雲」は、司馬遼太郎の代表的作品ですが、この小説を原作としたNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」が、この秋放映(第1回は2009年11月29日 20:00?)されます。
愛媛県や松山市ではドラマにあわせて観光PRに努めており、松山はこの秋注目すべき観光地の一つとなるでしょう。
秋山兄弟生誕地は、松山市の中心部に位置します。松山城、坂の上の雲ミュージアム、子規記念博物館、道後温泉本館なども近くですから、市内観光とあわせてお立ち寄りください。

写真:2008年7月18日撮影

○地図 http://www.its-mo.com/z-121820801-477986930-18.htm

○秋山兄弟生誕地 http://www.akiyama-kyodai.gr.jp/

○松山観光コンベンション協会 http://www.mcvb.jp/

○NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」 http://www.nhk.or.jp/sakanoue/

2009-11-20

日本鉄道最高地点−JR小海線  −長野県南佐久郡南牧村野辺山−

日本鉄道最高地点 ‐ JR小海線 長野県南佐久郡南牧村野辺山 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜JR小海線は、山梨県 小淵沢駅(北杜市)から長野県 小諸駅(小諸市)まで、総延長78.9Kmで結んでいます。この鉄道は標高1000mの高地を走る高原鉄道で、清里駅と野辺山駅の間で標高1375mの日本鉄道最高地点を通過します。ここは観光スポットとしても知られており、写真のように大勢の人々が訪れます。
小海線は、大正4年(1915)小諸−中込間で開業した佐久鉄道により計画されましたが、国鉄が小淵沢−小海間の建設を進め、佐久鉄道から買収し国有化した区間と合わせ、昭和10年(1935)に全線が開通し東沢大橋‐八ヶ岳高原ライン 山梨県北杜市清里高原 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜ました。
2007年には、世界初のハイブリッドシステムによる新型車両「こうみ」が営業運転しており、鉄道ファンをはじめ、内外の注目を集めています。
小海線の走る八ヶ岳山麓には、観光地として有名な清里高原が広がります。八ヶ岳や南アルプスなど中部山岳の険しい山々と、緩やか高原、牧場、森などの織りなす、四季折々の素晴らしい景色がこの地域の魅力となっています。
ちょうど、この地域は山梨県と長野県の県境でもあり、清里は山梨県北杜市、野辺山は長野県南牧村(みなみまきむら)です。

写真上:日本鉄道最高地点 2009年4月23日撮影

写真下:東沢大橋‐八ヶ岳高原ライン 2008年10月17日撮影

○地図 http://www.its-mo.com/z-129390863-498445032-13.htm

○清里観光振興会 http://www.kiyosato.gr.jp/

○八ヶ岳野辺山高原カントリーライフ 
http://www.minamimaki.or.jp/

2009-10-20

馬籠宿 ‐ 中山道  −岐阜県中津川市馬籠−

馬籠宿 清水屋資料館前 岐阜県中津川市馬籠 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜馬籠宿(まごめじゅく)は、中山道の宿場で今なお往時の面影が残されています。中山道には69宿があり、そのうち木曽には11の宿場がありました。馬籠宿は板橋を1番目とすると43番目の宿場になり、江戸からの距離は83里(332km)あります。急な山の尾根にそって設けられているため、坂道の両側に石垣を築いて屋敷が建てられ、独特の風情があります。
中山道は、江戸時代に入り、江戸幕府により五街道のひとつとして整備され、東海道と並び江戸と京都を結ぶ重要な幹線道路でした。東海道より距離は26km馬籠宿 枡形・水車小屋 岐阜県中津川市馬籠 家系図・家系譜 江戸・東京日本橋 天代家系譜程長いですが、東海道は大井川の川止めや、桑名宿宮宿間七里の渡で海難の危険があり、中山道はそのようなおそれはありませんでしたが、山中を行くためその険しさが旅人を阻んだといわれています。
明治中期以降、鉄道網の発達により、街道としての役割は衰退していきましたが、急速に開発された東海道沿線と異なり、中山道沿線では江戸時代の街道や宿場が比較的良く保存されて来ました。
今は、観光地として整備され、大型観光バスが往来し、道も石畳風に整備され誰でも気軽に訪れることができます。ただし、坂道は昔のまま急峻ですから、一汗かくことは覚悟しましょう。

写真上:清水屋資料館前の石畳

写真下:枡形・水車小屋

○地図 http://www.its-mo.com/z-127882297-495251219-14.htm

○木曽馬篭 http://www.kiso-magome.com/index.html

○中津川市観光なび! 
http://n-navi.info/index.php

2009-09-19

上田城跡 (国史跡) −長野県上田市二の丸−

上田城跡(国史跡) 長野県上田市二の丸 家系図・家系譜「天代家系譜」上田城は、武田氏の旧臣真田昌幸が天正11年(1583)に築城した城です。上田城が築かれる前、真田氏の本城は上田市上野の砥石城だったと考えられています。上田城築城にあたっては越後の上杉景勝は築城を妨害しています。
上田城と真田氏の名は、天正13年(1585)と慶長5年(1600)の二度に亘り、徳川の大軍を退けたことで有名になりました。二度とも巧みな駆け引きで徳川方に大損害を与えましたが、慶長5年の戦いでは中山道を関ヶ原へ向かう徳川秀忠の軍勢を上田城に釘付けに上田城跡(国史跡) 長野県上田市二の丸 家系図・家系譜「天代家系譜」し、徳川軍の主力が関ヶ原の合戦に遅参する結果となりまし た。
関ヶ原合戦の後、昌幸、二男幸村父子は高野山に蟄居となり、上田城は徹底的に破却されましたが、その後、徳川方に味方した昌幸嫡子信之に与えられ、信之が元和8年(1622)松代に転封された後、小諸城から仙石忠政が入城し、宝永3年(1706)仙石氏が但馬出石城に転封となり、松平氏が入城、明治の廃藩置県まで存続しました。

上:南櫓(右)と西櫓(長野県宝)
下:東虎口櫓門

○地図 http://www.its-mo.com/z-135112027-499695188-14.htm

○信州上田観光情報 
http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/sys/20100205184929576.html

2009-08-20

与板城跡(新潟県指定文化財) −新潟県長岡市与板町与板−

与板城址(新潟県指定文化財) 新潟県長岡市与板町与板 家系図・家系譜「天代家系譜」与板城は、上杉景勝の執政直江兼続の居城です。兼続は、上杉家の後継争い「御舘の乱」の後、直江家の名跡を継ぎ、上杉家執政となりました。以後上杉家が米沢に移封されるまで、与板城主としてこの地の発展に尽力しました。
直江氏は、はじめ本与板城を本拠としていましたが、信綱の代に、与板城に拠点を移したといわれています。
城山の頂上に実城と二の郭、三の郭、兵溜などを一列に配置し、それぞれ空壕で区切られています。
与板城址(新潟県指定文化財) 新潟県長岡市与板町与板 家系図・家系譜「天代家系譜」中腹には、兼続の妻お船(せん)が水を汲み茶をたてたといわれるお船清水があり、頂上付近には会津移封にあたって植樹したといわれる「城の一本杉」が今なお残されています。
本来静かな古城だったと思いますが、NHK大河ドラマ「天地人」で、にわかに脚光を浴び、訪れる人が増えました。駐車場・トイレ・遊歩道もきれいに整備され、案内係の方がパンフレットを配ってくれるなど、とても親切で、見学しやすくなっています。与板の人々がこの史跡を大切に守ってきたことが伺えます。

上:麓から 下:実城跡

○地図 http://www.its-mo.com/z-135112027-499695188-14.htm

○長岡市>観光 http://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/

2009-07-21

西山興隆寺(愛媛県指定名勝・重要文化財) −愛媛県西条市丹原町古田−

西山興隆寺(愛媛県指定名勝・重要文化財) 愛媛県西条市丹原町古田 家系図・家系譜「天代家系譜」西山興隆寺(にしやまこうりゅうじ)は、真言宗醍醐派の別格本山で、桓武天皇の勅願寺となって以来、東予随一の霊地として、源頼朝、河野氏、松山藩主、小松藩主をはじめ、多くの人々の崇敬を集めました。
本堂は、永和元年(1375年)の建立で、銅鐘、宝篋印塔(ほうきょういんとう)と共に、国の重要文化財に指定され、その他、愛媛県指定、西条市指定の文化財も多数所有しています。
桜、新緑、紅葉など、四季折々の景色は素晴らしく、西山興隆寺(愛媛県指定名勝・重要文化財) 愛媛県西条市丹原町古田 家系図・家系譜「天代家系譜」名勝として愛媛県の指定をうけています。特に、秋のもみじは有名で紅葉名所として知られています。
仁王門から本堂へと続く静かな参道は、やわらかで自然なカーブを描き趣があります。
西条市を訪れた際は是非お立ち寄りください。

上:仁王門 下:本堂(重要文化財)


○地図 http://www.its-mo.com/z-122048542-478900529-14.htm

○西条市観光情報 http://www.city.saijo.ehime.jp/kankou/meisyo1.htm

2009-06-19


天代家系譜(てんだい-かけいふ)
〒103-0015東京都中央区日本橋箱崎町32-3-1004
【お客様専用ダイヤル】 0120‐970‐497
TEL 03-3664-8225 FAX 03-3664-8262
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