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西山興隆寺(愛媛県指定名勝・重要文化財) −愛媛県西条市丹原町古田−

西山興隆寺(愛媛県指定名勝・重要文化財) 愛媛県西条市丹原町古田 家系図・家系譜「天代家系譜」西山興隆寺(にしやまこうりゅうじ)は、真言宗醍醐派の別格本山で、桓武天皇の勅願寺となって以来、東予随一の霊地として、源頼朝、河野氏、松山藩主、小松藩主をはじめ、多くの人々の崇敬を集めました。
本堂は、永和元年(1375年)の建立で、銅鐘、宝篋印塔(ほうきょういんとう)と共に、国の重要文化財に指定され、その他、愛媛県指定、西条市指定の文化財も多数所有しています。
桜、新緑、紅葉など、四季折々の景色は素晴らしく、西山興隆寺(愛媛県指定名勝・重要文化財) 愛媛県西条市丹原町古田 家系図・家系譜「天代家系譜」名勝として愛媛県の指定をうけています。特に、秋のもみじは有名で紅葉名所として知られています。
仁王門から本堂へと続く静かな参道は、やわらかで自然なカーブを描き趣があります。
西条市を訪れた際は是非お立ち寄りください。

上:仁王門 下:本堂(重要文化財)


○地図 http://www.its-mo.com/z-122048542-478900529-14.htm

○西条市観光情報 http://www.city.saijo.ehime.jp/kankou/meisyo1.htm

2009-06-19

与板城跡(新潟県指定文化財) −新潟県長岡市与板町与板−

与板城址(新潟県指定文化財) 新潟県長岡市与板町与板 家系図・家系譜「天代家系譜」与板城は、上杉景勝の執政直江兼続の居城です。兼続は、上杉家の後継争い「御舘の乱」の後、直江家の名跡を継ぎ、上杉家執政となりました。以後上杉家が米沢に移封されるまで、与板城主としてこの地の発展に尽力しました。
直江氏は、はじめ本与板城を本拠としていましたが、信綱の代に、与板城に拠点を移したといわれています。
城山の頂上に実城と二の郭、三の郭、兵溜などを一列に配置し、それぞれ空壕で区切られています。
与板城址(新潟県指定文化財) 新潟県長岡市与板町与板 家系図・家系譜「天代家系譜」中腹には、兼続の妻お船(せん)が水を汲み茶をたてたといわれるお船清水があり、頂上付近には会津移封にあたって植樹したといわれる「城の一本杉」が今なお残されています。
本来静かな古城だったと思いますが、NHK大河ドラマ「天地人」で、にわかに脚光を浴び、訪れる人が増えました。駐車場・トイレ・遊歩道もきれいに整備され、案内係の方がパンフレットを配ってくれるなど、とても親切で、見学しやすくなっています。与板の人々がこの史跡を大切に守ってきたことが伺えます。

上:麓から 下:実城跡

○地図 http://www.its-mo.com/z-135112027-499695188-14.htm

○長岡市>観光 http://www.city.nagaoka.niigata.jp/kankou/

2009-07-21

天童山景徳院 (山梨県指定文化財) −山梨県甲州市大和町田野−

天童山景徳院(山梨県指定文化財) 山梨県甲州市大和町田 家系図・家系譜「天代家系譜」戦国時代最強といわれた武田軍でしたが、武田信玄の死後、跡を継いだ武田勝頼は徐々に求心力を失いました。
やがて織田信長 ・徳川家康連合軍に攻められ、韮崎の新府城を捨て、家臣で郡内領主の小山田信茂を頼り、大月の岩殿城へ向かいましたが、笹子峠で信茂の謀判に遭い、日川を遡り天目山を目指しました。
しかし、遂に力尽き、天正10年(1582)3月11日、田野の地で悲惨 な最後をとげ、武田家は滅びました。
この年の7月、徳川家康が勝頼主従の冥福を祈るため建立したのが天童山景徳院で、天正16年(1588)に完成しました。
山門の近くに自刃した生害石があり、勝頼(37歳)北条夫人(19歳)信勝(16歳)の墓が並び、更に将兵や侍女の墓があります。
山深い静かな渓谷に建つ禅寺ですが、今でも武田家の往時を偲んで訪れる人は少なくありません。

 <勝頼辞世>
    おぼろなる月もほのかに雲かすみ
           はれてゆくえの西の山の端

天童山景徳院(山梨県指定文化財) 山梨県甲州市大和町田 家系図・家系譜「天代家系譜」 <北条夫人辞世>
    黒髪の乱れたる世ぞはてしなき
           思ひに消ゆる玉の露の緒


← 左:信勝 中:勝頼 右:北条夫人





○地図 http://www.its-mo.com/z-128295749-499704796-12.htm

○山梨県甲州市観光協会ホーム>甲州市歴史探訪>甲州市内歴史探索マップ>景徳院 http://www.koshu-kankou.jp/history/aera/keitokuin.html

2009-05-20

興国寺城跡 (国指定史跡) −静岡県沼津市根古屋−

興国寺城本丸(国指定史跡) 静岡県沼津市根古屋 家系図・家系譜「天代家系譜」興国寺城は、戦国大名北条早雲(伊勢新九郎長氏)が築城した城です。伊勢新九郎は駿河守護今川義忠の側室であった妹を頼って今川氏に身を寄せていましたが、今川家の跡目相続争いで今川氏親を後押し、その功績によりこの城を与えられ、戦国大名への足がかりをつかみました。
延徳3年(1491)伊豆韮山の堀越公方の内紛に乗じ足利茶々丸を滅ぼし、伊豆国の領主となり韮山城へ移りました。新九郎は明応4年(1495)小田原城の大森藤頼を急襲し、以後ここが北条五代の居城となりま興国寺城天守台(国指定史跡) 静岡県沼津市根古屋 家系図・家系譜「天代家系譜」した。
その後興国寺城は今川領に復帰し、天文18年(1549)今川義元が城を大改修しましたが、永禄12年(1569)北条氏に奪われ、武田信玄の軍勢の攻撃を受けます。元亀2年 (1571)武田北条の同盟が成立すると武田方の属城となり、武田一門の穴山梅雪が入城、天正10年(1582)武田氏が滅亡すると徳川方の城となり、家康の関東移封後は豊臣秀吉の武将中村一氏家臣河毛重次が城主となりました。 関が原の合戦後、天野三郎兵衛康景が城主となりましたが、慶長興国寺城石垣(国指定史跡) 静岡県沼津市根古屋 家系図・家系譜「天代家系譜」12年(1607)康景が逐電したため、興国寺城は廃城となりました。
興国寺城の天主台からは北に富士山を、南に駿河湾を望むことができます。今では訪れる人も少ない静かな城跡ですが、石垣や土塁など遺構がよく残されており、北条早雲の旗揚げの城として、もっと多くの方に訪れてほしい場所です。

上:本丸 中:天守台 下:本丸石垣


○地図 http://www.its-mo.com/z-126498094-499716883-15.htm

○静岡県沼津市 ホーム>観光トップ>沼津市の文化財>城跡>興国寺城
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/sisei/kyouiku/bunkazai/siro/kouk.htm

2009-04-19

 松山城(国指定史跡・重要文化財) −愛媛県松山市−

松山城(国指定史跡・重要文化財) 愛媛県松山市 東京・中央区「天代家系譜」松山城は、加藤嘉明(賤ヶ岳七本槍の一人)が築いた城で、松山市中心部の勝山(標高132m)にそびえる四国最大の城です。 日本で現存する12天守のうち、江戸時代以前に建造された天守を有する城郭の一つで、大天守・小天守・南隅櫓・北隅櫓を渡り櫓(廊下)で結んだ、日本一の連立式平山城は、日本最後の桃山文化様式城郭建築であり、層塔型天守の完成した構造形式を示しているといわれています。
堀之内を含む城山公園全体が国の史跡であり、大天守をはじめ21棟の建物が重要文化財の指定を受けて松山城二之丸史跡庭園(国指定史跡・重要文化財) 愛媛県松山市 東京・中央区「天代家系譜」います。
松山城への登城ルートは、ロープウェイ・リフトが整備されており手軽に登ることができ、見事な城郭を堪能することができます。
入場券と市内電車バス乗車券がセットされた「松山城下めぐりきっぷ」が、伊予鉄道から発売されており、松山市観光の際に利用されるといいでしょう。
ところでNHKでは、松山出身の秋山兄弟・正岡子規を主人公にしたスペシャルドラマ「坂の上の雲」(原作:司馬遼太郎)を、2009年11月から放送します。この作品はNHKが総力をあげ、これまでにないスケールで制作されており、この秋注目のドラマです。
ドラマにあわせて、愛媛県や松山市では、観光PRに力を注いでおり、松山は今年最も注目される観光地の一つとなるでしょう。

上:本丸 下:二之丸史跡庭園

○地図 http://www.its-mo.com/z-121831925-477965768-14.htm

○松山城 http://www.matsuyamajo.jp/

○伊予鉄道 http://www.iyotetsu.co.jp/

○NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」 http://www9.nhk.or.jp/drama/dramalist/sakanoue.html

2009-03-21

 春日山城 (国指定史跡) 直江屋敷跡 −新潟県上越市大字中屋敷−

春日山城(国指定史跡) 新潟県上越市大字中屋敷 東京・中央区「天代家系譜」上杉家の重臣直江家の屋敷跡と伝えられ、お花畑から千貫門までの間に上下三段の郭が造られています。現在は遊歩道があって使われなくなっていますが、郭と郭をつなぐ古道も残っています。
直江家は上杉謙信の父為景の代から重臣として仕え、山城守兼続は謙信の跡目を継いだ景勝の家老として活躍したことがよく知られています。景勝が会津へ国替えになったとき同行し、米沢藩30万石の城主となったことでもその活躍がしのばれます。

―春日山城直江屋敷案内板より―

2009-02-17

 春日山城 (国指定史跡)   −新潟県上越市大字中屋敷−

春日山城(国指定史跡) 新潟県上越市大字中屋敷 東京・中央区「天代家系譜」春日山城は、戦国武将上杉謙信の居城として知られています。築城時期については定かではありませんが 南北朝の頃と見られており、永正年間(1504-21)頃、守護代長尾為景(上杉謙信の父)により城砦化され、その後、長尾氏、上杉氏、堀氏と城主を代え 慶長11(1607)年に廃城となりました。
春日山は遠くから見ると小山に見えますが、実際に登ってみると険しく、今なお、土塁、空堀などの遺構が残され、難攻不落の城であることを実感することができます。古城ファンなら一度は訪れたいところです。


春日山城(国指定史跡) 新潟県上越市大字中屋敷 東京・中央区「天代家系譜」

○地図 http://www.its-mo.com/z.htm?m=E138.12.31.244N37.8.36.735&l=9

○上越市観光「上越そぞろ歩き」 http://www.city.joetsu.niigata.jp/kankou/ijin/ijin1.html

2007-09-08
 / 2009-01-18

聖路加ガーデン   −東京都中央区明石町−

聖路加ガーデン 中央区明石町 東京都中央区「天代家系譜」 隅田川の佃大橋近くに、ひときわ目を引くツインタワーが聖路加ガーデンです。聖路加タワーは高さ220m、聖路加レジデンスは141m、二つのタワーは高層部が橋でつながれており、オフィス・レストラン・ショップ・フィットネスクラブ・住宅などで構成されている複合施設です。
 明石町には、江戸時代武家屋敷がありましたが、明治維新の後外国人居留地となり、教会、ミッションスクール、ホテル、アメリカ公使館などが建てられ、明治32年に廃止されました。
 異国情緒あふれた街も、関東大震災ですっかり失われましたが、今なお名所・史跡が残されており、中央区観光協会では、お勧め散歩コース「街並み散歩」として紹介しています。隅田川を挟んで対岸は、2008年NHK朝の連続ドラマ「瞳」ですっかりおなじみになった月島・佃エリア。見どころが沢山あります。
 詳しくは、中央区観光協会のウェブサイトをご覧ください。

○聖路加ガーデン http://www.sltowers.co.jp/

○中央区観光協会 http://www.chuo-kanko.or.jp/

○地図 http://www.its-mo.com/z-128388313-503214380-15.htm

2008-12-21

江戸城桜田門(重要文化財)  −東京都千代田区皇居内−

江戸城桜田門 東京都千代田区皇居内(特別史跡) 東京都中央区「天代家系譜」  江戸城桜田門は桜田堀と凱旋堀の間にある門で、国の重要文化財(建造物)に指定されています。内堀通りを三宅坂から日比谷方面に向かって下ると、丸の内のオフィスビルを背景にその美しい姿をあらわし、東京の代表的な風景の一つとなっています。
 ここは、安政7年(1860)桜田門外の変が起きた場所としても知られています。大老井伊直弼は、この門の近くで水戸藩浪士によって暗殺されました。井伊家の上屋敷はこの門から500mほど西方にありました。

○宮内庁ホームページ http://www.kunaicho.go.jp/

○地図 http://www.its-mo.com/z-128431303-503125068-16.htm

2008-10-23

江戸城天主台跡  −東京都千代田区皇居東御苑(特別史跡)内−

江戸城天主台 皇居東御苑(特別史跡)内 東京都中央区「天代家系譜」  江戸城本丸天守台は、三代将軍徳川家光のときに建てられた江戸城本丸天守跡です。当時の天守は五層六階、その高さは天守台を含め58mもあったといわれていますが、明暦の大火(1657年)で焼失し、その後再建されませんでした。
 天守台は、皇居の東側に位置する皇居東御苑の中にあります。皇居東御苑は、昭和38年(1963年)に特別史跡に指定され、昭和43年(1968年)からは一般にも公開されるようになりました。苑内は広い芝生の庭園や歴史的な史跡も見ることができ、国内外の観光客が多く訪れています。
 入園は無料ですが、休園日は、月曜日・金曜日(天皇誕生日以外の「国民の祝日等の休日」を除く)、年末年始、その他特別な皇室行事のなどのある日です。念のために宮内庁の「休園日カレンダー」でチェックしましょう。

○宮内庁ホームページ http://www.kunaicho.go.jp/

○地図 http://www.its-mo.com/z-128466209-503127404-15.htm

2008-07-07

天代家系譜(てんだい-かけいふ)
〒103-0015東京都中央区日本橋箱崎町32-3-1004
【お客様専用ダイヤル】 0120‐970‐497
TEL 03-3664-8225 FAX 03-3664-8262
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